昨日日曜日、妻と息子と共に墓参りに行ってまいりました。
年五回墓参してます。これが一心寺ならば年12回でも行くのですが、お墓は但馬の山奥にあります。片道200㎞、高速道路網の発達した今でも3時間かかります。
今回は少しゆっくり、6時出発。
墓終いや墓所を移す方が多いようですが、私は断固それに抗って生きてます。但馬の山奥が私の出自。これを失くしてはいけないと思うから。本籍を移したり、交通至便なところに墓をもったり。私の家はそんな浮草のような家ではないという、意気地みたいなものですね。たとえ過去「平民」であったとしても、誇りは「上級武士」です。
過去帳を愚かな遠戚に寺から盗まれたということがなければ、墓終いもしたでしょうが。
その一点で、過去帳を渡した田舎の寺に対する尊敬の念は一片もありません。小金でも掴まされたのでしょう。心から軽蔑しつつ付き合ってます。
墓所は田んぼの真ん中にあり、水も持参です。墓石は10柱もあり、花代だけでも大変です。当然、この時期の草むしりは大変。今回も70㍑くらい抜きました。
ただ墓参だけではつまらない。昨日は少し寄り道して「明延鉱山跡」を見学しました。
今、日本では金属鉱山は1か所のみなんだそう。経済優先でいると、培った技術が失われるので将来を悲観します。ガイドツアー、鉱山の歴史だけでなく日本経済にも触れておられ、のほほんと生きておられる若い衆には刺激だったかも。日本の体たらくに怒りに震える65歳が参加してたんだよ。
日本人は、明治維新以来の日本人の誇りを失い、醜い民族になり下がった。三島由紀夫が「このまま行ったら日本はなくなってしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」と述べましたが、経済的大国ですらなくなっている。貧相な安物民族がいるだけである。醜い。
私は子供達には、「屑だらけの日本でも、雄々しく豊かな心で生きる日本人になれ」と教えてきたし、私も気高く生きてまいります。
努力もせんと、不満だけを言い募るクズ野郎にはなりたくない。
そこは毎回ご先祖様に報告しております。
さすがに400㎞のドライブは夜疲れますね。晩御飯のお酒の美味しい事。