10月はノーベル賞の季節である。昨日も旭化成の吉野彰さんが化学賞を受賞された。吉野さんはじめ、研究に携わった仲間の喜びはいかばかりだろうか。ノーベル賞はいうまでもなく、人類に有益な研究で世界で初めて成果をあげた方に授与される。後追いの研究ではなく、無人の荒野に道を拓いた人に与えられるのである。独創性が尊ばれるのである。私たち医師の世界でも、独創性で名を成す人と、確かな技術で医療に貢献する人に分かれる。私は残念ながら独創性、想像力に乏しい。確立した技術をコツコツと学び積み上げる性格は有しているとは思う。発想の豊かな人を、心からうらやましく思う。私の限界というより、そういう頭脳なんだろう。これが元々なのか、若いうちに鍛えることができるのか。どうも後者のような気がする。ノーベル受賞者に東京大学卒が少ないのもそのあたり関係があるのかな。大学入試は、言うまでもなく正答のある問題にいかに早く正しくたどり着くかをみるものである。東大生は当然その能力にたけている。ただ研究の場はちがう。正解が解らない。それどころか正解に向かっているのかどうかもわからない。これは入試でははかれない。能力に加えたプラスアルファが必要なのである。予算削減でどの大学も研究費用の捻出に苦労している。豊かな発想をもった、けれど結果をだせていない研究者を切り捨てない政策が望まれる。ラグビーのジャパンではないが、外国からの研究者を招くことも必要だろう。子育ても型にはまらないように自由を与えると、糸の切れた凧のようにある。現在の私の悩みでもある。